星座の成り立ちと歴史

 

紀元前3000年頃

星座の起源は約5000年前、現在のイラク付近に存在した古代メソポタミア文明まで遡ります。
そこで暮らしていたシュメール人たちは高度な文化を持っていたと言われており、発見された当時の粘土板にシュメール語で書かれた星座名が見つかりました。

農作業において季節を知ることはとても重要であるため、夜空の星を季節の目印として作られたものが星座であると現在は考えられています。

 

そのほかには古代エジプトでも、夜空の星たちを季節を知らせる目印としていました。

シリウスが夜明け直前の東の空で輝く時季になるとナイル川が氾濫していたことから、この星を使って季節を知っていたといわれています。

 

紀元前 星座がギリシャへ伝わる→48星座が決定

メソポタミアで誕生した星座は少しずつ周辺の国に伝わっていき、やがてギリシャに伝わり神話と結びつきます。


紀元前9〜8世紀の詩人ホメロスが記したギリシャ神話の英雄物語「イリアス」「オデュッセイア」には、星座が登場しています。

ちなみにホメロスよりも後に登場した詩人ヘシオドスの「神統記」ではカオス(混沌)からの世界の創造が記されており、当時の宇宙観の原典となっています。

 

紀元前3世紀に活躍した詩人アラトスが著した「ファイノメナ」では現在も使われている星座がすでに記載され、神話と結び付けられていました。

2世紀になると天文学者ヒッパルコスが、46星座を決定。
同じく2世紀の天文学者プトレマイオスはそれを引用して「アルマゲスト」を編纂。
現在も使われている48星座がリスト化されました。

その後、星座は増えることも減ることもなく数百年が経ちます。

 

大航海時代 星座が増える

15世紀以降になると、大航海時代を迎えます。

南半球へ進出すると、ヨーロッパのある北半球では見られなかった星や並びが発見されます。

そして同時期には望遠鏡が発明されます。
望遠鏡によって肉眼では見えないような暗い星たちがあるということが知られ、星が見えない領域にも星座が作られるようになりました。

以上の出来事によって、天文学者たちがこぞって新しい星座を次々と作られていきます。

 

20世紀 星座を88個に制定

研究や観測が進むにつれて、世界中の天文学者の間で使う星座が微妙に違っていく事態が発生しました。
それもそのはず、ちゃんとリスト化されていたのは紀元前にプトレマイオスが制定した48星座だけで、大航海時代以降は天文学者たちが好き勝手に星座を作ったため人によって使う星座はバラバラだったからです。

そこで20世紀になり、1928年に国際天文学連合(IAU)が星座を88個と決定
現在も使われている全88星座がここに定義されました。

またこのとき、これまで曖昧だった星座の領域(境界線)も決定。
空にある全ての星たちがどの星座にある星かというのが明らかになりました。

 

21世紀 恒星の名前を制定

実は国際天文学連合(IAU)が星座の星の名前をちゃんと定められたのは、比較的最近の出来事です。
これまではベテルギウスなど有名な星はどの国でも同じ名前で呼ばれていたため、星の名前はちゃんと定義されていませんでした。

 

きっかけとなったのは、1995年から発見され始めた系外惑星です。
IAUは2015年にいくつかの系外惑星の名前を募集し、いくつかの星たちに名前が付けられました。

しかしベテルギウスなど有名な星たちがちゃんと名を定義されていないのはおかしい、ということで、2016年に星座の星たちに固有名がきちんと付けられました。

 

参考

天文の世界史
眠れなくなる宇宙のはなし
星空案内人になろう!
春の星座博物館
中田敦彦のYouTube大学【ギリシャ神話①】〜古代の神々の物語〜

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